2023年10月12日木曜日

「落ちてはいけないセクション」への対処

このブログで使い古されたネタですが、たまには別の言い回しで書いてみるのも良いかなと思いました。
自分の考えも整理されてきますしね。
<マルチピッチリード講習、小川山>

クライミング中、「ここで落ちたら死亡を含めた大怪我の可能性あり」というセクションが出てきます。

例① 本チャン、沢登り、マルチピッチ、などなど
 プロテクションが取れないピッチ、またはプロテクションが非常に悪いピッチ、悪いアプローチ

例② 沢登り
 ロープを出さない判断をした滝、高巻き

例③ スポートルートのショートルート(1ピッチのフリークライミング)
 1本目のボルトまでが高いとき、1本目は低いが下地が非常に悪いとき、落ちたらグランドフォール相当の怪我をしそうなボルト間隔のセクション

例④ トラッド(クラックなどNP)のショートルート
 プロテクションが悪いセクション、チムニーなどプロテクションが取れないセクション

例⑤ ボルダー
 下地が悪い課題で一定の高さまで登った状況、高いボルダーでのマントルセクション

これらを、「落ちてはいけないセクション」と考えます。

※ショートルートなどで、「ボルト足下で落ちるのめっちゃ怖いけど、実際には落ちても安全という状況」とは区別します。
ここに名付けるなら、「怖いけど、落ちて良いセクション」。

※雪山、沢登りなどで、「太い立木などの良好なプロテクションは取れているけど、落ちたら振られて打撲はしそう。」とは区別します。
ここに名付けるなら、「落ちない方が良いセクション」。

※ショートルートやボルダーなどで、「態勢に十分気をつけて落ちれば大丈夫だが、変な落ち方をしたら死亡を含めた大怪我」という状況とは区別します。
ここに名付けるなら、「十分に用心深い人なら、落ちられるセクション」。
つまり、今回のテーマにしている「落ちてはいけないセクション」は、落ちないこと以外に生還の道が無い状況です。
まさに、「生きるか死ぬか」です。

これに関して、様々な観点が考えられます。

①ムーヴ選択
②浮石チェック(スタティックムーヴの重要性、安全マージンの大きさ、など)
③オブザベ(ライン取り)
④回避すべきかの再考(ノーロープで行く判断を止めてロープを出す、クラックの土を掘り出してでもプロテクションセットする、その課題はもう少し日を置いてから再トライする、一生やらない課題とする、など)
⑤メンタル(甘く見る訳でもなく、追い詰められる訳でもなく、淡々と対峙できているか)
⑥自分以外のメンバーの状況(特に、バリエーションや沢登りで、ノーロープで突破した方が楽だという判断をする際に)

結局、どれも大事で、どれが原因で事故った先人も数々いるとは思うのですが・・・。
<月形半平太(40mの5.12a)をトライする桂くん、ちなみに私もR.P.2トライでした。>


さて、この中で特に「①ムーヴ選択」に関して、言及します。
経験上、3つの方法があると思っています。

A:戻れるムーヴで進む
気分は、オンサイトフリーソロです。途中で、思ったより悪いセクションが出てきたら、そこで十分にホールドを探り、それでも落ちる可能性があるムーヴしか見えなければ、安全圏までクライムダウンしましょう。

注意)
・大ガバなら、行きと帰りのムーヴが異なっても戻れますが、少々悪くなるとムーヴ(少なくともキーホールド)の暗記が必要になることもあります。
・スラブなど、ちょっと勢いを付けた乗り込みでさえ、戻れなくなる場合も多いです。

実用例)
・マルチピッチなどで、どのラインから登れば良いかオブザベ不可能な状況で、あっちへ5m、こっちへ5mと右往左往する。
・遡行図では巻くと書いてある滝が登れそうに見えるので、戻れる範囲で探ってみる。
・スポートルートで、1本目のボルトまで何度も行きつ戻りつする。
・ボルダーのマントルで不安定なムーヴしか見えず、いったんリップにぶら下がるところまで戻ってからフォールする。
・長いチムニーの抜け口が悪く、延々とチムニーをクライムダウンしてくる。
<アドバンスクラック講習にて、クラックの森>

B:見切る
オブザベで、次の安全圏まで「絶対に落ちることは無い」と自分なりの確信を持って、突き進みます。

注意)
オブザベを外した場合は、セミ(落ちてはいけないセクションで、戻ることもできず、登ることもできない状況)になる可能性が極めて高いです。
長居できるレストポイントがあっても救助要請、それが無ければ詰み(場合によっては、人生の詰み)です。
安全マージンのため、かなり悲観的にオブザベしましょう。

実用例)
・沢登りで、出だしだけが少々難しいが、後半は明らかに階段状なので、出だしさえ落ちなそうならロープは要らないという判断。
・スポートルートで、落ちられないセクションではあるのだが次の1〜2手をこなしてしまえばガバがあり、そこでクリップできる。
・本チャンで、あと50cm這い上がれば立木があるので、そこまでは戻れないムーヴでも行ってしまえば命だけは問題ない。
・小川山のスラブで、ランナウトするが、登るほどに傾斜が落ちてくるのが明らかなとき。
・ボルダーのマントルで、「落ちる確率が相当低いムーヴ」が見えた!と感じたとき。

もちろん、こういった「すぐ上に安全圏が見えている状況でも、Aの方法でこなせるならベスト」でしょう。
しかし、現実にはこういう判断を頻発してますよねー、という話。

また、この状況は「目の前にニンジンをぶら下げられた馬」と同様に、「本当は見切れていないのに、現状の怖さから逃れようと進んでしまう。」という現象が散見されます。今なら、まだ安全圏に戻れるのに!
これについて、「上に活路を求めてはいけない。」と私は度々講習生に話しています。
<この何年かで、ロープワークもだいぶ強くなりました>

C:上の情報を使う
落ちてはいけないセクションで「怖いな」と思う場面でも、先を知っていれば怖さは半減し、登る見通しが立ちやすくなります。

注意)
怖さが半減する現象が、果たして安全に繋がっているかは、本人の自覚レベル次第というところもあり、非常に複雑な問題。
情報が誤っていると、詰む可能性がある。

実用例)
・トップロープリハーサル後のフリーソロor絶対落ちてはいけないR/Xルート、ハイボルダーのトップロープリハーサル。
・残置ハーケンなどの危険なピッチ、ノープロのチムニーなどを、フォローした後にリードする。
・通常の安全レベルのショートルート(部分的に「落ちてはいけないセクション」が出てくる程度)で、トップロープ練習した後なので、あまり考えが無い人がリードできてしまう。
・1本目をプリクリしてホールドを覚えたので、次からはプリクリしないで登れる。
・落ちてはいけないセクションで逡巡している初級者に、「次はガバだよ。」と励ましつつも、上へと登ることを促す。
・落ちてはいけないセクションで、次に見えているホールドがガバか否か(次のクラックにカムが効くか否か)を、他人に聞く。
・すでにトライしたことがあるクラックで、易しいと感じたセクションはカムを取らずに(or固め取りを割愛して)行く。
・ジムのR.P.トライにおいて、落ちそうも無いセクションは、見ていて危険なレベルにクリップのタイミング遅い。
・ボルダーで、何度も練習して落ちる確率が下がったセクションはマットを敷かず、一番落ちそうなセクションにのみマットを敷く。
・脆そうで心配な岩でも、何度も触ったり、他の人が人が荷重するのを見るうちに、欠けない気がしてきて、大胆に荷重するようになった。
<因縁の宿題(チムニー)を回収したISさん!>

さて、本気で考えて読んでくださった方は、どれだけいるでしょうか?

例を沢山挙げると、ついつい読み飛ばしてしまうのは、私も知っています。
でも、今回はあえて沢山書きました。

「うん、たしかに同じ構図だな。」とか「ちょっと、ズレた例のような気も・・・」と考えながら読んで欲しいですね。


●私の考え、その一
僕は、A(戻れるムーヴで進む)主体で登り、B(見切る)も部分的に使用する、というのが基本姿勢です。
もちろん、いずれも失敗してヒヤッとしたことは、数々あります。

ただ、登山の延長でクライミングを始めると、これが一番自然な考え方かなと思います。
リードとは「ルートを切り拓く作業」のことですし、マルチピッチ・沢登り・バリエーションルートではリードは原則オンサイトなので。

要するに、グラウンドアップのオンサイトで使いやすい作戦は、AとBです。

●私の考え、その二
将来的にはチョンボ棒全盛になるであろう初級者岩場では、R.P.はトップロープリハーサルが当たり前となり、気づかぬうちにC(先の情報を使う)主体の人間を育てるはずです。
これは、リスク察知能力を鍛える意味で悪しき習慣だと思いますが、残念ながら大衆はそちらに行くでしょう。
そして、リスク察知能力の低い人たちは、ちょっとでも危ないルートに対して文句タラタラで、本来要求されるべきリスク回避の水準に満たぬままトップロープで「お触り」をしていきます。

ただ、登山的な志向がない、純粋なスポートクライマーであるほど、私ほどはCに否定的になれないのも理解できます。
それでも、早くチョンボ棒を捨てて欲しいものですが・・・。

ちなみに、チョンボ棒には、
・落ちても良いセクションで落ちる経験が積みづらくなり、ショボいトライになりやすくなる。
・ヌンチャクを裏から回って回収するなど、様々な岩場での応用的作業を覚えなくなる。
などの問題もあります。

●私の考え、その三
オンサイトトライもバリバリやり、AやBも十分に意識しまくった上級者が、それでもリハーサル後のリスキーなルート(R/Xルート、フリーソロ、など)をトライするのは、別格です。

僕には実体験がないので想像の域を出ませんが、
・将来のクライマーのために、ボルト無しのラインとして美しく残したい。
・リハーサル後でも、決してムーヴを間違うことが許されないヒリヒリ感が良い。
・ほんの僅かな冒険性を残すために、トップロープでムーヴを100%暗記する前にリードトライを開始した。
などなどの、トップクライマーの考えから推し量れるものがあります。

というか、結構実感として理解できちゃう気もしますし、全部分かった上でやっている人なんで、「スタイルは自由」の真骨頂です。否定はできないと思います。
ただ、志向性として危ないっすよねー。

●私の考え、その四
C(先の情報を使う)は、なるべく避けた方が、力は付くと思います。

ただ、2トライ目のクラックでプロテクション減らすとか、ボルダーで落ちる確率が減ったところをマットの重点位置から外したり、他人に次のホールドの掛かりを聞いちゃったり(これは雑談も兼ねて)、細かく見ると色々やっているんですよね。

実際、「これは、Cなんだ!」という強い自覚を持って行動できれば、リスク管理の悪癖には繋がらないとは思いますが・・・。
<オフィズスに苦戦するHSさん>

今回は、「落ちてはいけないセクション」への対処のうち、「①ムーヴ選択」について考察しました。

まぁ、他にも考察すべき対象は無数にあるのですが、僕が最も頻繁に考えている一分野なので長くなりました。