何年もの間、コンスタントに講習を続けてくださる方は、それなりの覚悟があるように思います。
これまでの取り組み方、自分なりの理論を全否定されるような体験を何度も繰り返しながら、講習を続けていくのですから、本当に素晴らしいと思っています。
実際、初級者が多く集まるような岩場に行けば、色々な意味で「やっぱり講習生は、かなり良い取り組みをしている方だな。」と思えることも多いです。
例えば、ボルトルートの岩場では。
・オンサイトを大切にする
・チョンボ、トップロープを自制する
・オブザベをする
・落ちてはいけないセクションを明確に意識し、行きつ戻りつを行う
・ロープが足に絡むのに気を払う
・終了点作業に下から大声で指示することを慎む
・ビレイの立ち位置、ロープの緩み具合を意識する
・岩の脆さ・ボルトの遠さなどを受け入れて、自分なりに対処する
・スタティックとダイナミックの使い分けを意識する
・安全圏では、落ちるまで頑張る
・ボルトの種類などに注意を払う
などなど。
<マルチピッチリード講習、三ツ峠>
一方で、「なかなか伝わらない。」と感じることもあります。
1つは、トレーニング方法です。
例えば、フォームがある程度良くなったとしても、以下のことをしなければ成果は出にくいです。
「そのフォームで大きな筋肉に効かせることを意識して、強度×回数を登り込み、それを週2回以上ジムなどで行う。そして、睡眠、栄養補給などの回復に気を払う。」
非常に難しいのは、本気トライはフォームが崩れやすいので、フォーム改善時にはトレーニングになっているかは怪しい点です。
特に、リード、岩場といった他に気を払うことが多い環境では、これまでのフォームで登ってしまうのも、仕方がないことです。
<ハンドクラックをO.S.するHDさん>
したがって、講習時に「ちょっと今までよりも肩が下がってきて良くなったな。」、「少し脇が締まってきたな。」、「だいぶ腰が入ってきたな。」と見えても、それは再び元に戻るものです。
何年もの講習でこれを繰り返すと、流石に良いフォームが癖付いたりしますが、トレーニングを自分で行う人はほとんど居らず、筋肉が育つことはなかなか難しいです。
良いフォームが本当に癖付けば、本気トライの中でも少しは筋トレになるため、2年前とかに比べれば皆さん強くなっていると感じます。
これはこれで良い、と考えることもできます。
フォームが良くなることは、強くなることだけが目的ではなく、故障防止でもあるため、生涯スポーツとして楽しむためには有効なのです。
例)一生5.10を登るのだとしても、肩が下がっているのに越したことは無い。
<紅葉をバックに>
一方で、「強くなりたい」と考えている講習生も一定数いるのに、なぜこうなるのかは私も考えさせられます。
この原因を、私なりに考察します。
①強くなるよりも、まず身に付けるべきことがある。
当塾に来る講習生は、岩場で「まともに」登れるようになりたい、という気持ちから通い始めます。
そうなると、まずはレスト・足置きを教え、次にリードの落ちる練習・ビレイで止める練習、そして岩場で終了点作業や行きつ戻りつ、クラックでカムセット・ジャミング、マルチで残置無視・トポ無視、そしてワイドクラック、人によっては雪山・アイスや読図と講習は進んで行きます。
この過程で、ロープワークなども本格的に学ぶ必要があり、理想的にはセルフレスキューやファーストエイドも知りたくなるでしょう。
そうなると、ジムで5.10後半、ボルトルートで5.10中盤、クラック(ワイド含む)で5.9程度がコンスタントにオンサイトできれば、講習生のレベルとしては最低限満たしており、これを伸ばすことよりも全ジャンルの基礎を身につけることが目標になってきます。
クライマーとして上を目指さないのは寂しい気もしますが、上記を成し遂げるだけでも講習生の何%が続けられるのか、という世界観です。
<この後、敗退戦略の立て方に、2人とも大反省することに・・・>
②初心者には、強くなることよりも技術を教えた方が良さそう。
例えば、卓球の話。
高齢でフットワークがおぼつかなくても、老練な元上級者であれば、若い初心者は絶対に勝つことができないそうです。
また、最初はテクニックを覚える方が、そのスポーツの楽しさを感じることができます。
実際、講習中にも「なるほど!」と言ってもらえて、講習生の登りが劇的に変わる瞬間は、私も嬉しく思います。
そうなると、トレーニングよりも足置きやレスト、ごく初歩的なオブザべ、などを教えることは、たとえ岩場を目指さないジムクライマーにも有効な気がします。
また、初心者が「腕の力が無いから・・・」などと言っているのを聞くと、「(それもあるとは思うけれど)今の筋力でも遥かに登れる課題は増やせるよ。」と言いたくなるのが心情です。
<アドバンスクラック講習、野猿谷>
③省エネ、リスク管理に比べると、トレーニングは講習中に成果が出ない。
省エネ技術は、「たしかに楽だ!」と言ってもらえることが多いです。
リスク管理は、仕組みを教えれば、「えー、そこまで気にしなくっちゃいけないのー。ぶつぶつ・・・。」とか言いながらも、知ってしまったら後戻りはできないものです。
同じ人に何回も同じ指摘をすることはありますが、どちらも「一定レベルまで知識が浸透すると自然と使うようになる。」という特徴があります。
極端な話、自分で全く練習しない人が居たとしても、講習に通い続ければ一定レベルまで理解が進む項目です。
一方、トレーニング(強くなる方法)は、そうは行きません。
「〇〇を意識して、こういうメニューで続ければ、数ヶ月後には相当登りが変わると思いますよ。もし、成果が出なければ、また相談に乗りますよ。」
と、言うことになります。
講習中は、〇〇の部分を徹底的に伝えようと頑張りますし、反復練習としてトレーニング時間に相当するものを設けますが、それが精一杯です。
トレーニングして来ない人を責めても講習に通いづらくなるだけですし、トレーニングしてくれても成果を保証することもできません。
僕も含めてトレーニングを伝える人は、あまり口煩くは言わないのが普通だと思います。
さらに、僕の場合、①の要素を伝えることが看板になっているため、「石田さんは強くなるための方法は教えない。筋力が大事とか言わない。」と言った誤解までもが広まります。
<インバージョンも試しに>
④ボルダー(あるいはボルダージム)の雰囲気が苦手な人が多い。
トレーニングには、ボルダーが適しています。
フォームを意識するなら、被った壁の全ガバのルートをゆっくりと登るだけでも、かなり効果があります。
量を登るなら垂壁・薄被りでも、効果はあります。(強度×量という考え方、丁寧さの追求を同時並行するには強度は抑え目で十分という考え方、など。)
ビレイヤーに気を使うこともなく、空いている壁を探してウロウロしながら登ったり、易しいグレードをサーキットトレーニングしても良いと思います。
そして、クリップやリスク管理、パートナーとのコミュニケーションといった周辺作業から思考が解放され、トレーニングに集中できます。
※「いや、周辺作業こそ大切なのだ。」という問題は、①で議論済み。
そして、ボルダーの本気トライができない、というのも問題です。
ボルダー:リードの比率は、色々な考え方があるものの、ボルダーがまともにできない人は、スポーツとしての成長率が10分の1ぐらいに減衰していると見て良いでしょう。
<トポに載っていないチムニー>
さて、考察が終わって、あとは各自の状況によってやるべきことは違うと思います。
講習の段階がジムリード講習・岩場リード講習であれば、①の要素が強くなるので、今回の話は「長い目で見て、ちょっと気に留めておく。」ぐらいで良いかなと思います。
山屋系クライマーは、スポーツとしての成長が遅いのは止む無し、という考え方です。
マルチピッチリード講習卒業レベルの人であれば、③や④の話を考えていかないと、そこで成長はストップするかもしれません。
特に、①の要素で成長している感覚が薄くなってくる頃なので、講習への飽き、クライミングそのものへの飽きが始まる可能性があります。
本当は、①の要素(総合力の向上)にも終わりが無いのですが、マルチピッチリード講習の卒業あたりから、成長曲線が緩やかになってくる頃なので、いよいよ飽きずに続ける力が必要になります。
<マルチピッチリード講習、つづら岩>
自分の立ち位置を俯瞰して、練習方法の参考にしていただければ幸いです。
<2P目>
<無事にトップアウト>