2025年3月5日水曜日

行きつ戻りつによるルートファインディング

マルチピッチでは、ラインが複数通り考えられ、どれがベターかは「行ってみないと分からない。」というケースが多いです。

右上するのか、直上するのか、左トラバースしてから直上するのか?
といった具合です。

実際、「違うな。」と思って、分岐点まで戻り、リスタートすることも多いです。

この作業に、気持ちが負けてしまう人は結構多いと思います。
<最近行った、城ヶ崎ボルダー。そこに居た強い人。>

当塾の講習では、こういった状況を念頭に置いて、「易しいセクションは、戻れるムーヴで登ること」というコンセプトを徹底的に練習しています。

マルチピッチリード講習まで受講している人であれば、当然理解していることですし、ボルトルートやクラックでも、プロテクションが取れない(落ちてはいけない)セクションでの行きつ戻りつは相当数を経験してきているはずです。

しかし、「やっぱりこの状況は嫌だ、避けたい。」という気持ちも理解できます。
具体的に、どの辺が嫌なのでしょうか?
<湯河原での岩場リード講習>

①ムーヴの選択肢ではなく、ラインに選択肢がある

前者であれば、数歩の行きつ戻りつで絶対に落ちそうもないムーヴ探しをすれば良いです。
典型的には、ボルトルートの1本目が高い場面、ボルト間が遠い場面、など。

後者の場合は、「ラインが違った」と思ったら数メートル以上のクライムダウンが必要になります。
いわゆる、「リードしながらの偵察」ですが、これを複数ラインに対して行うのが、精神的にもキツいという話です。

また、クライムダウンをする際に、プロテクションが取れるなら回収しながら戻るのにある程度の時間を要します。
一方で、ノープロテクションでの行きつ戻りつであれば、相当に易しくても(岩場の5.6、Ⅳ級程度のセクション)相当な緊張を強いられます。

さらに、数メートル分のムーヴを暗記しながら登るのは極めて困難なので、最低限覚えておくべきホールドとかスタンスを、完全なる自己責任で選択する必要があります。
<プロテクションの悪い1P目をリードするYZさん>

②失敗した場合
ボルトルートで1本目が高い場合の行きつ戻りつは、失敗した場合は大怪我というケースが多いです。
一方で、マルチピッチのノープロセクションは、失敗した場合は死亡というケースが多いです。
③その他
マルチピッチの高度感・ロープワーク・時間管理に不慣れであるため、「そこまで頑張らなくても・・・」という気持ちになります。

実際、本気トライという観点では、ショートルート(1ピッチのルート)の方が遥かに集中して取り組めます。
<2P目の出だしが、まさにラインが複数通りあって悩ましい状況>

こういう状況に、ISさんは苦手意識があり、YZさんは「山って、そういうもんでしょ。」という感じの受け入れがありました。
この差は、どこから来るのでしょうか。

A)興味の主体がショートルートなのか、ロープを使用する登山なのか。

山では、歩きとクライミングの中間ぐらい(5.4、Ⅲ級ぐらいなど)をノーロープで通過したり、数十メートルをノープロでリードすることもあります。
「これを安全にこなせないと、山では話にならない。」という意識があるのも理解できます。

B)リスクに対して悲観的に色々なことを想定する習慣(「戻るときにムーヴが分からなくなったら・・・」など)なのか、楽観的な習慣(「行き詰まったら、戻れば良いでしょ。」)なのか。

C)戻れるムーヴを組み立てるスタティックな能力、安定感、戻るために暗記すべきポイントを選択する能力、などの基礎技術。(当塾で、最も重視しているムーヴ能力の1つ)
なかなか興味深いのは、Cの能力には大差ないように見える点です。

強いて言うなら、スタート時点ではYZさんのムーヴが雑だったので、私から「もう少し丁寧さを思い出して!」と指示を出し、その結果として2人のCの能力は同程度に見えました。
仮に、私が居なければISさんの方が安定したムーヴで登っていた可能性が高いです。
ただ、YZさんの方が体幹が強そうなので、同じムーヴを選択してもグラつきは少なそうです。
両方の要素を勘案して、Cの能力は五分五分かなという私の評価です。

AとBは、能力というよりも興味とか性格に近いものですね。
2人が対局とまでは言いませんが、グラデーションの割と離れた地点にいるように思えます。
ある程度は楽観的でないと山は楽しめない気もする一方、楽観主義のリスクは否めません。
また、経験を積むほどに事故例を身近に知っていくため、一般的にはベテランほど悲観的です。

この話って、「もっとこうした方が良いですよ。」という単純明快な終着点が無いですよね。

究極、「自分を知りましょう。そうすれば、基礎練習中やリード中に意識することも少し変わって来ます。」ぐらいでしかありません。
でも、こういうことを考えずにいられないところが、山とかクライミングの面白さだなと思っています。