2024年9月2日月曜日

登攀スピード

10月・11月の予約受付は、9月4日(水)です。
念のため再掲しておきます。

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登る速度に関して、リスク低減とスピードは、利益相反することが多いです。

初心者的な言い方をすれば、
「雑で早い登り」VS「丁寧でスローな登り」
という構図になります。

「丁寧に素早く」というのは熟練者のみが到達可能なものだからです。

例えば、マルチピッチなどで「早くしろ!」と急かされる初心者が雑な行動で怒られる構図は、見ていて辛くなるものがありますよね・・・。
この問題は、講習生に対しても常々悩まされるポイントです。
一般の初級者よりは遥かに慎重には登って欲しいんだけど、残置無視・トポ無視のスタイルであっても1日で6ピッチぐらいは登れるようになって欲しい、という話です。

少し、分析的に見てみましょう。

登攀スピードの問題を顕在化しやすくするため、「落ちてはいけないセクション」が多い、マルチピッチや沢登りをメインに考えます。
①マルチピッチなどで要求される丁寧さ

A:慎重さ
・戻れるムーヴ主体で登り、安全圏(プロテクションで守られた場所)まで退却できること
・そのために、スタティックで登ること
・浮き石のチェックをしながら登ること
・浮き石の可能性のあるホールドを止むを得ず使うときは、ホールドを剥がす方向の荷重になるか否かを厳密に意識すること
・足のスリップを避けるため、丁寧に足置きすること
・外傾スタンスに置く場合は、荷重方向をキープすること
・プロテクションセットに時間を掛けられるように、十分に安定した3点支持を主体で登ること

B:ムーヴ選択の習慣
・クラックを積極的に活用した方がプロテクションに困らないため、どちらかと言えばクラックが得意であること
・ジャミングやワイドテクニックなど、比較的ホールドが欠けにくい技術主体で登ること(誰も持っていないようなカチを拾う登りは、欠けるリスクが高まる)
・ステミング・ニーロックなど、ノーハンドになれる態勢を積極的に活用すること

Bは慣れてしまえばスピードにはあまり影響しませんが、Aを完璧にこなそうとするほど「落ちてはいけない」5.7以下(RCCで言えばⅣ級ぐらい?)のセクションの登りは、スローになっていきます。

※難しいマルチになれば、落ちてはいけないセクションのグレードも上がってくるが、とりあえず初級マルチを想定。

しかし、サボると実際に事故に遭ったり、怖い目に遭うので、なかなか難しいものがあります。
②普段のウォームアップで意識すべきことのうち、マルチに即応しないものを思考から除外

普段は、上記の点に加えて、
・脇を締める
・小指で効かせる
・肩を下げる
・胸を開く
・背筋を伸ばす
・骨盤の位置
などなど、フォームに関することを意識しています。

また、手足の位置関係や、荷重方向変化など、ムーヴの仕組みに関しても、様々な考察が可能です。

これらの目的は、故障防止と、将来的により強くなるためです。
どちらかと言うと、マルチピッチのためというよりも、ジムや岩場のショートルートで「もっと登れるようになる。」ことを念頭に置いています。

少なくとも、マルチピッチ中は、これらを意識から外すことで①に集中することが可能です。
実際、マルチピッチ中は、ルートファインディングやプロテクションセットなどにも脳のキャパを取られるので、こんなことは考える余裕が無いと思います。

つまり、この項目は、あくまでも普段のウォームアップでのみ可能な練習です。
③丁寧さを維持した状態で、登攀スピードを上げる要素

A:ルートファインディング
間違うと、大幅にクライムダウンを強いられます。
複数ラインが考えられる場面で、両方にどれだけの偵察を試みるのが効率的なのか、といった戦略が非常に大切になってきます。
1回の戦略成功が、30分〜1時間以上の時間短縮に繋がることも多いです。

B:オブザベーション
「この形状であれば、こういうムーヴになりそうだ。」という読みです。
正解を見つければ非常に易しいムーヴでも、見つかるまでは落ちそうなムーヴしか思い付かず、落ちてはいけないセクションだけに安易に突っ込めず逡巡しまくる、といったシーンをよく見かけます。

C:現場でのスタティックムーヴ選択
オブザベーションを終えて、実際にホールドを触って、「ハイハイ、この配置パターンね。」と理解して自分の引き出しを使う場面です。
ルートファインディングは、ほとんど頭脳戦ですし、失敗経験が物を言う世界なので、マルチピッチリード講習の中で「今の場面は、こうやった方が効率的だったんじゃないですかねー。」といったディスカッションをするのが良いかなと思います。
そういう意味でも、トポ無視・残置無視の初登攀ごっこは、非常にトレーニング効率が良いです。

オブザベーションは、ジムでのオブザベ練習で諦めないこと、岩場ではクラックなどの形状登りの経験を積むこと、などが肝になると思います。
ジムでは、ホールド配置が見えていて、ホールドの掛かりを知っている場合などは、オブザベを外したら、自分のミスだと考えるべきです。まぁ、どんなにレベルが上がってもミスが無くならないのも確かですし、数パターンのムーヴが思い付いて「あとは現場判断」ということが多いのですが。
ある程度分かるようになるまでは、ムーヴ講習を継続的に受講することがオススメです。
軸またぎ、正体フック、逆三角形、などと、講習生用に配置を理解しやすい用語を色々と作りましたので、是非とも習熟して欲しいと思っています。

現場でのスタティックムーヴ選択は、ボルダージムの○級までを手だけでなく足の移動も含めてスタティック縛りで登る、という練習が有効です。
どういう場面では踏み換えが有効で、どういう場面ではプッシュが有効で、といったスタティック縛りならではのムーヴ選択が習慣付いてきます。
当然ながら、自分が本気トライするグレードよりは、少し易しいグレードでないと不可能です。
④許容される手抜きの検討

「落ちてはいけないセクションなんだけど、戻れないムーヴでチャチャッと登っちゃっても良い場面って、どんな条件があるときなんだろう?」
「こういう条件のときは、浮き石チェックをサボっても、ほぼノーリスクだよね。」
といった、条件分岐を自分の中に持つことも、有効です。

ただ、条件設定を間違えてルール化したり、ついつい調子に乗って条件を拡大解釈したりして、ヒヤリハットを感じたことは、僕自身も学生時代から現在に至るまで数々あります。
これらに関して、過去にもブログで何度か書いては来ましたが、今となっては誤解されて伝わるリスクを感じて、少々の罪悪感が沸いています。

この話は、本当に色々と考えてそうな友人と、ディスカッションして身に付けていくべきものでしょうね。

また、ある程度のレベルまでは、あえて積極的に取り組まない、という方法もアリかもしれません。
例えば、1日に10ピッチ以上あるようなルートに行くんじゃないかぎり、6ピッチ程度なら朝イチから登ってヘッデンで下降すれば、登攀スピードは最低限あれば十分です。

とはいえ、現場に行ったら、自然と考えてしまうとは思います。
なんせ、その場で手っ取り早く時間短縮できてしまうので、魅惑的です。
どの要素も一朝一夕には行きませんが、引き続き頑張って習熟していただければと思います。

講習的には、
「①の要素を早期に伝えて、ちゃんと理解した人ほど登攀スピードが遅くなるので、そこから③の要素を本格的に伝えていく。」
という方針になろうかと思います。

まぁ、③の要素を勉強しづづけるのは、かなりの根気が要るので、なかなかマルチピッチ卒業生でムーヴ講習に継続的に通うような人が少ないのですが。

今回は、マルチピッチや沢登りを例に挙げましたが、ショートルートでも落ちてはいけないセクションを登るときは実際には同じはずだと思います。