先日、読図講習を行った際に、私自身が登山の基本を「分かった上で破る」というシーンがありました。
<アイスクライミング講習@醤油樽>
⚫︎場面①
計画段階では、登山道を歩くのみの予定であったが、講習生の読図レベルが思ったよりも高いことがアプローチの林道時点で分かったので、登山道が無い尾根を登りに使用することに変更した。
⚫︎基本を破っている点
計画段階と異なるルートを取ったこと。
理由1)
一般的には、登山計画書と異なるルートを取ると、遭難した際に捜索してもらえない。
登山計画書のルートを遂行しようとした上で、ルートを間違えてしまったり、滑落したと思われる範囲を捜索することになる。
理由2)
計画段階で、リスクと対策を想定しているため、当日変更を行う場合はダウングレード(縦走途中でエスケープして後半パートを割愛する、など)は許容できるが、アップグレードは判断がいい加減だと見なされる。
ちょっと極端な例を挙げると。
大学の部活などで計画書を顧問やOBが審議して許可するという制度の場合、顧問やOBが居ない現場でアップグレードなんぞした日には・・・、という話です。
⚫︎とはいえ、実行した理由
十分にリスクが小さく、ほとんどの困りごとをイメージしてみたときに対処可能と考えた。
※捻挫、骨折、講習生の体調不良、現在位置が分からなくなってしまったと仮定した場合のリカバリー、万が一救助要請したい際に携帯電波が繋がらなかった場合。
これらが起こる確率と、起こってしまった場合の死亡確率を考えて、十分低いと見積もった。
<側壁にある滝をリードするTGさん>
⚫︎場面②
下山路も、登山道の無い尾根に変更。
⚫︎基本を破っている点
理由1)
ケース①と同じ。
理由2)
尾根の分岐を誤ると、沢に降りてしまい、若干だが「沢の下降」になる。
<解説>
「迷ったら沢を降りてはいけない」という登山常識があります。
道迷いをした際に、沢を下降して命を落とす登山者がいるからです。
登山者の心理としては、「もうすぐ麓町に到着できるんじゃないか?」という期待でどんどんと降りてしまう。
実際に、沢沿いは「河原状になっており、ほどほどに歩きやすい」区間が多く、尾根に登り返すのは「非常にしんどい」と感じて、引き返す気持ちになれないという話です。
一方で、沢には側壁が存在することが多く、「水に濡れて歩く」or「側壁を頑張ってトラバースする(高巻くorへつる)」というシーンが出てきます。
濡れながら強行突破すると、ビバークする際に低体温症で死亡する可能性が非常に高くなります。
側壁を高巻く際に、ロープも持たず、クライミング技術もない一般登山者の死亡リスクは著しく高いでしょう。
その意味で、道なき尾根を下降する場合は、「濡れても低体温症にならない服装」と「少々のロープワークが出来る程度のギア」などを携行した上で、さらに登り返すだけの時間・体力の余裕を持った上で行うのが、最も無難な方法でしょう。
⚫︎とはいえ、基本を破った理由
沢の集水面積から考えて、十分に水量が少ないと推測したため、沢沿いの林道が出てくるまで沢の下降を強行することも恐らく問題はない。
沢に降りてしまってから、尾根に登り返す時間的猶予は十分にある。
何度も尾根の分岐を間違えて時間切れになった場合でも、登山道まで登り返すことも可能。
<続いて、醤油樽をリードするTGさん>
そんな訳で、基本は破って講習を実行しました。
この判断自体が誤りだとは思いませんし、講習生にも基本を破っている旨は説明しています。
ただ、基本もままならないうちから、応用をいくつも見せるのは心がチクチク痛みます。
ちょっと勘違いするだけでも、危険登山者に誘導しているようなリスクを孕んでいますので。
普段のクライミング講習でヘッデン下山をよくやっていますが、これなんかも登山の「早出、早着」の原則とは真逆です。
登山では、ヘッデンが必要なほど長い歩行時間が必要な場合は、歩き始めをヘッデンにして、テント場などへの到着は明るいうち、しかも「暗くなるまで数時間の余剰時間」を残すことで、遭難リスクを下げることができるとされています。
・山歩きで10時間行動するなら、「朝5時発、15時テント場」みたいな農家のリズムが推奨。
・フリークライミングで10時間活動するなら「朝8時に岩場、夕方18時に撤収」みたいな街での活動時間。
・バリエーションなどでは、「ルートに応じて臨機応変に判断」みたいな応用編。
という風に考えると、フリークライミングのヘッデン下山は基本編の範疇なのかもしれませんが。
他にも、雪山の入門書なんかには「無雪期のうちに偵察を行い、地形を把握しておけ」という基本が書いてあったりします。
地形を把握することにより、雪庇・ホワイトアウトなどに対応しやすい、という話です。
一方で、「じゃぁ、無雪期が存在しない海外登山は?」、「無雪期は歩く気になれないような、登山道の無いヤブ山は?」みたいな話も出てきます。
また、そういう山に将来行くことを見据えて、「雪山のオンサイトでのルートファインディング能力・判断力を高めるために、なるべく偵察山行はしたくない。」というのは、学生時代の私の考えでした。
いずれにせよ、登山入門者向けに語られる基本みたいなものは、一応は押さえておいた方が良いでしょう。
それなりの理由もあるので、基本を破る際に「考えるキッカケ」を私たちに与えてくれます。
ちなみに、「守破離」の意味から考えると、基本を忠実に守って何年も修行した上で、次の段階として基本を破ります。
となると、本来は一般登山者として基本を守る修行期間が何年もに渡ってがあった方が良いでしょうか?
これもまた、「基本はそうだけれど、〇〇さえ守っていれば、登山経験が浅いうちからバリエーションや雪山のトレーニングを始めても良いだろう。実際、そうじゃないと大学山岳部とか社会人山岳会も回っていかないし。」みたいな基本を破る考え方が色々ありそうだと思います。
実際問題として、私もそれに同意します。
ただ、多くの大学山岳部、社会人山岳会の実態は、こういう議論より遥かに低次元であったりすることも多いとは思いますが・・・。
・大学探検部
・クライミングから入って、登山経験ゼロに近い状態でバリエーションに連れて行ってもらう(沢・岩稜・雪山)
・ランナーから、登山を知らずにトレイルランナーへ
などなど、基本を守る期間がゼロに近いパターンもあろうかと思います。
これも、仕方ないとは思いつつ、周囲からは不安視されますよね。
ただ、最低でも自覚的でありたいものですね。