講習生との会話で、パターン化されたものの1つに、
「この練習が何に繋がるのか分からない。」
というものがあります。
例えば、
・足置きを丁寧にする
・姿勢を良くする
・一手一手レストする練習
・入門ルートをより合理的に登る方法(さらなる最適ムーヴ)を考える
・入門ルートを全てスタティックで登る
・ロープ畳みを徹底的に練習する
・カラビナやATCを落とさない方法を反復する
・クリップの反復練習
といった、いわゆる基礎練習です。
私から見て「基礎の出来が不十分」と感じたものを、ちょっとずつ改善していただく作業において、頻繁に起こります。
講習生にとっても、講師にとってもストレスの大きな問答の1つです。
私がどんなに言葉を尽くしても、真の意味で理解していただけることは無い質問だと思っています。
私の対応として、
①スルーする
②真っ向勝負で回答するが、伝わらないことは諦める
③変化球で回答する
(②だと心理的な反発が大きそうな場合)
④他の講習生は、どう考えているか意見し合う場を設定する
(そこを乗り越えた人間の言葉より、同じ目線で基礎練習に耐えられる仲間の心情を聞く方がプラスになりそうな場合)
などがあります。
基礎練習が楽しいのは、素人さんと中上級者である。初級者は最も嫌がる比率が高い。
という、登山・クライミングに限らない一般論があります。
この場合の、レベル分けはグレードでは表せません。
最高R.P.グレードが5.13でも初級者的な心構えの人もいれば、5.11でも心構えだけは中上級という人もいますので。
理由①
素人さんは、全て無意識。
初級者は、意識しているつもりが実はダメダメ。(自己認識が誤りであることが多い。)
中上級者は、自己認識の精度が高い。(または、自己認識がダメダメであることを俯瞰している。)
例えば、足置きに関して言えば、素人さんは全ての足置きが雑なことが多いです。
これは、
●足は爪先周辺で置いた方が、何かと便利
●入門ルートでドタバタ音を立てて登るのは、ちょっとバランスが変で強引に登っている証拠
といったことを全く意識していないからです。
そのため、意識して「たしかに〜!」と思うと、ちょっとメリットを感じるので、「これを癖付けた方が良いなぁ。」と思って練習に励むことが可能です。
次に、初級者です。
彼らは意識しているつもりが、実は出来ていないのです。
・全くダメ
・完璧からは程遠い
・基礎練習中は丁寧でも、本気トライ中はダメダメ
などのレベル差はああります。
この状況は厄介で、当人の安定感センサーが未熟なこともあり、講師が「今、出来てなかったですよ。」と言っても、ピンと来ないことが頻繁にあります。
もちろん、私としても基礎練習の方法や声掛けに工夫を凝らしますが、構造的に限界があり、講習生の謙虚さが試される場面となってしまいます。
ここは、初級者にとって1つの大きな壁と言って良いでしょう。
最後に、中上級者は自分の動作に対して非常に敏感です。
ときどき、非常にストイックなボルダラーが講習が来たりしますが、そういう方に「ここが雑ですので、こういう練習をしてください。」というと、ものすごい精度まで仕上げようとしてきます。
趣味で音楽とか釣りを相当のレベルまでやっていた人は、ロープやカラビナなどの道具の操作を「茶道みたい!」と思うようなレベルまで洗練したがる傾向にあります。
理由②
今の自分にとって、基礎がどれだけ大切かの理解度。
クラックを初めたての初心者で、ハンドジャムやカムセットを学びたがらない人は少ないでしょう。
一方で、初級者は、「ハンドジャムはもう出来ます。シンハンドを教えてください。」みたいな発言をしがちです。
実際には、シンハンドというのはハンドジャムと原理的には8〜9割は同じなので、シンハンドが全く出来ない人というのは、ハンドジャムのやり方にも大きな問題を抱えているはずです。
これが中上級者になると、ハンドジャムの基礎練習で「まだ自分にも改善の余地があるんだ!」、「そもそもハンドが下手だってことは、全てのジャミングに伸びしろアリってことかな?」と思って楽しんで取り組むことができます。
そして、それが長い眼で見るとグレードにも繋がることを、感覚的にも理解しています。
理由③
基礎練習のバリエーションが本格的に増えるのは、中上級者になってから。
クライミングで言えば、素人さんは足置き、スタティック、姿勢、入門ルートの最適ムーヴ探りなど、やれる基礎練習は限られています。
中上級者になれば、自分が弱点だと思うムーヴを考えて、その基礎練習になるような課題を自作して取り組む能力が付いてきます。
(ランジの超入門版を、何十個も自作してみるなど、色々とやり方はあります。)
また、「自分はなぜその動きが苦手なのか?」を自己分析して試行錯誤するのですが、それが正解に辿り着く確率が割と高いです。
また、自己分析を何度も方向修正する謙虚さを持ち合わせています。
その間の初級者が厄介なのは、素人さんと同じメニューを精度を高めてやるのが一番近道にも関わらず、飽きてしまうことです。
ただし、中上級者であっても、素人さん〜初級者とほとんど同じメニューを、ものすごい高い精度で行っていることも多いです。
相当に登れる人でも、最初の10〜20分は全てガバのルートで身体を解す作業が必要ですし、その登りが惚れ惚れするほど美しい人というのは、私もこれまでジムで何人も見かけております。
多くの場合は、20〜30代のベテランコンペ選手、とかです。
彼らは、アップ1本目からして、身体の制御に対して明確な集中力を感じさせます。
理由④
メンタルコントール
素人さんは、いわゆる初心者モチベーションがあります。
何もかもが新鮮、ゼロからの成長は実感しやすい、などがあります。
初級者は、前述の自己認識に誤りが多いため、基礎練習による上達を実感しづらい人が多いです。
この時期は、自分や他人をグレードで評価しがちです。「〇〇さんは、5.12だから。」、「〜〜さんは、本チャンの△△ルートを登っているから凄い。」などなど。
本気トライの成果を全否定するつもりはありませんが、自己や他者の評価軸がグレード頼みというのは、いかにも虚しいです。
そして、評価軸がグレードのみだと、基礎練習に飽きやすいのです。
少なくとも、僕の講習に通っている方には、この時期は是非とも超えて欲しいと思っています。たとえ、最高R.P.グレードが5.11であったとしても。
当然、中上級者は修行僧のようになって来るので、メンタルは比較的安定しています。
(人間なので、日常生活や仕事でのメンタル不調は仕方ないですが。)
理由⑤
一緒に登る仲間の理解レベル。
素人さんが基礎練習するのは、誰もが当然と思って見守ります。
登り方だけでなく、ビレイ技術やカムセット、ロープワークなどの安全管理技術は、最低ラインを下回るとジムでも怒られるレベルです。
中上級者は、「基礎は奥が深くて、一生極められないかもしれないもの」ぐらいの意識があります。
そのため、中上級者集団に所属していれば、自然とそういう会話もするし、「今日は、アップの時間を長めにとって、〇〇の基礎練習したい。」と言うのが、日常的に許容されると思います。
ジムの場合、リードの約束をしていたとしても、アップはボルダーやオートビレイで各々別々に行う、というチームも割とあると思います。
厄介なのは初級者集団で、「今さら、何でそんなことをするの?(私たち、基礎は習得済みだよ。)」と言った会話になって、練習しづらい雰囲気になることです。
入門ルートで丁寧に登る練習をするにせよ、リードのビレイで落ちる練習をするにせよ、何でも不思議がられたり、場合によっては「そんな(無駄な)ことしてないで、この課題を一緒にトライしよーよ。(その方が、グレード上がるんじゃない?)」みたいな会話になります。
※常々書いていますが、本気トライ自体を否定するつもりはありません。
講習生には、基礎練習と本気トライを半々の時間行うように、私は推奨しています。結局、どっちか好きな方に圧倒的に偏る人が多いのは知っていますが、これを修正するにも長年の付き合いが必要です。
さて、最初に戻って、
「なんで、この練習しなきゃいけないんですか?」
という質問は、上記どこかに該当するように思います。
メンタルコントロールで言えば、
「なんとなくやった方が良さそうなのは分かるんだけど、先が長すぎて嫌になります。私のクライミング寿命も残り僅かなので、もっと簡単に上手くなる方法を教えてくれませんか?」
という話を、本質的に質問しているのだなと感じたりします。
ただ、これらは多かれ少なかれ誰もが通る道かなとも思っています。
ブーブー文句を言う講習生(そして、その中には案外続ける人もいる)もいれば、不満を感じてをやめたんだろうなと思う講習生も数多くいます。
中級的な心構えに感じる常連講習生であっても、「初期の10〜20回ぐらいなど、ある時期は通うのがキツかった。」といった昔話をされる方も多くいらっしゃって「信じる者は救われる。」、「最初は、師匠の人間性を信じてトレーニング方法に従うしかない。」、「石田塾はスルメのように、噛めば噛むほど味が出る。」などと仰います。
もちろん、他の人生経験・スポーツ経験などから「トレーニングって、そういうもんだから。」という心構えバッチリな人もいるのですが、講習生の中には少数派です。
わざわざ金銭を払って、ここまで苦労して学ぶ必要がどこにあるのでしょうか?
でも、私としては学び続けて欲しいんですよねー。