2025年3月19日水曜日

スタティック

今さらですが、「スタティックが大切だ」という話をしたいと思います。

ダイナミックムーヴは、デッド、ランジなどの反動(勢い、スピード)を必要とする動きです。
「どの程度のスピードからがダイナミックなのか?」
という疑問があると思うのですが、「動かすべき1点を完全にフリーにした状態で完全静止できること」を、スタティックとしておきましょう。
(もう少し厳しい定義はありうるが、緩い定義はあり得ないはず。)

ジムでのリード、スポートルート、クラック、マルチ、アイス、沢登り、などを全部混ぜて書くので、未知の分野は読み飛ばしてくださいませ。


A)なぜ大切か?

①安全のため
・クリップ態勢は、片手フリーで5秒ぐらいは静止する必要があります。
カムセット、スクリューセットとなれば、この何倍もの時間を要することも日常茶飯事です。

・レスト態勢も同様です。
これができなければ、「ほとんどノーハンドになれるようなテラスや、ぶら下がって休めるようなガバでない限りレストできない。」という登りになってしまいます。
レストと言っても、次のホールドを取りに行く瞬間に1回だけシェイクするようなものではなく、なるべく悠然とレストして作戦を練れるぐらいの時間的猶予が必要です。
この時間を利用して、ムーヴを考えるだけでなく、リード中のリスク管理についても考えます。

・ダイナミックムーヴは、ターゲットにしているホールドが思ったよりも悪かった場合、ホールドが欠けた場合に、一般的にはフォールします。
岩場においては、「落ちてはいけないセクション」が存在する方が一般的ですし、場合によってはそれが結構微妙なバランスだったりするので、ついつい安易なデッドポイントに走りがちです。

・ダイナミックムーヴは、逆再生がしづらいため、敗退できなくなります。
やはり「落ちてはいけないセクション」において、敗退を意識して登ることは基本です。
ボルトルートでの初見リード(トップロープ、チョンボ棒を用いずに、普通にトライする)、マルチピッチ、アイス、沢登り、などで共通です。

※この議論が、分かった気になった方の落とし穴。
「自分はスタティックをしているつもりでも、実はダイナミックである(スタティックではない)。」
という現象が、最大の問題です。
特に、足のデッドポイントに関しては、私より難しいルートが登れる人でも無自覚な人が多いと感じます。
(自覚を持った上で、足デッドを使っているなら、一つの選択です。)
結果として、「落ちてはいけないセクションを、逆再生可能なムーヴで登るなんて、机上の空論でしょ?」という発想になっていると思います。

②スポーツとしてのリードが得意になるため
スタティックであれば、かなり厳しい一手を出す過程においても、どうにかチョークアップをしながら進むなどの小さい省エネが可能になります。
こういった積み重ねが、ルート上部でのパンプ具合に影響します。

デッドを極端に嫌うリードクライマーが、この手の技術に長けてくるのは、必然でしょう。
「ボルダーが極端に苦手なのに、5.13を登るような方」が存在する一要因、として挙げられます。

また、無意識の足デッドを避けることで、不意落ち確率を低減し、ムーヴもより省エネになってきます。
※足デッドは恐怖心が無い場合が多いため、「デッドなんか(落ちても大丈夫な場面でも)したくない!」という発言を憚らないような方でも、普通に行っているのが難しいところ。

③クラック、アイスが得意になるため
ジャミング、アックスを振る動作には、どうしても片手フリーで静止する必要があります。
しかも、保持している方の腕を曲げた状態(ロックオフした状態)で、場合によっては数十秒の静止時間が必要です。

④フォーム改善・バランス習得の基礎練習を行うため
上述3項目と異なり、自分にとって十分易しいルートを基礎練習する際に、意図的にゆっくり登ることで自分のフォームやバランスを内省し、改善する効果が期待できます。

ダイナミックムーヴの練習も大切なのですが、ダイナミックムーヴの中でフォームを改善するのは、かなりの経験者向けです。
初級者のデッドポイントでは、ターゲットのホールドが取れたか否かで判定するのが関の山で、「綺麗に決まったか?」、「何がイマイチだったか?」を意識することは相当困難です。
フォーム・バランスの基礎練習はスタティックで行い、ダイナミックムーヴはスイングの軌道だけを意識するぐらいが現実的だと思います。

※ジムなどで行うと迷惑になりやすいので、人気の壁を避ける、状況を見て行うなどの配慮が必要です。



B)混乱ポイント

①本気トライにおいて、ダイナミックムーヴを禁止する訳ではありません。

これは、私の講習生が時々陥る混乱です。
核心部などの勝負所でダイナミックムーヴは、是非とも活用してください。
そして、勝負のムーヴに入る前に、「落ちても大丈夫な状況だな。(墜落距離の予測、ロープの足絡み、落ちる態勢、などなど)」と考え、覚悟を決めて一手出します。

ジムのリードであれ、岩場であれ、ダイナミックムーヴ主体での登りは辞めた方が良いという話はしました。
一方、勝負所でのダイナミックムーヴは、スポーツとしてのクライミングの醍醐味だとも思います。

そのために、
●しっかりしたビレイ(弛ませすぎず、それでいて登りやすいを理想に)
●プロテクションが膝程度でも過剰にビビることなくフォールできる程度の自信
●核心部でもロープを絡ませない足捌き
●直前のレストポイントで状況観察と覚悟を決める時間的余裕
などをしっかり学びましょう。

※ジムのボルダリングなどでは、ダイナミックムーヴを禁止したら4級(辛くないジムを想定)すら登れない課題が多いぐらいでしょう。
これは、ボルダリングがリードの核心部だけを取り出したような遊びで、動きを楽しむことに特化したゲームだと考えると、納得できます。

「スタティックが省エネに感じない現象」との向き合い方が難しいです。

一般的に、登り方を変更すると成績は下がります。
ダイナミック主体で登っていた方は、それに慣れており、スタティックに不慣れなので当然疲れます。
肩や肘を壊した方などは、フォーム改善を行う難しさを嫌というほど味わったかと思いますが、それと同じです。

基本的に、本気トライ中の修正は、よほどのクライマーでない限り不可能だと思います。
少なくとも、私にはできません。

理由①  意識できない
理由②  意識できたとしても、慣れた方法(ダイナミック主体)を選択した方が登れる(疲れない)

そのため、基礎練習の時間が必要です。
自分にとって絶対に登れるぐらいの課題、課題を無視して色々なホールドを触りながらのウォームアップ、などが最適なタイミングです。
この時間を、長めに取ることを私は推奨しています。

もうちょっと頑張りたい人は、すでに登り終えた○級までを続けざまに何本も登るようなサーキットトレーニングで行うという方法もあります。
「落ちても、あまり悔しくない」課題のため、理由②がそれほど気にならないのがポイントです。
ただ、私自身は意識が難しいと感じているので、サーキットよりも「基礎練習+本気トライ」という方法を自分のルーティンにしています。
サーキットは、ごく一部に行う日もある、という程度。

こういった登り方の矯正期間中も、私はジムでの本気トライは行なって構わないと思っています。
理由①および②から、これまでの登り方をせざるを得ないのですが、それでも基礎練習さえ辞めなければ段々と修正されていく(私自身も講習生も)と感じているからです。

ただ、「ダイナミック主体を直さないと、私には岩場は危なすぎる!」と問題意識を感じた方は、「肩・肘が痛すぎて、登るのが辛い!」という方と同じです。
そこまで強い問題意識があるのなら、一定の修正完了までは本気トライを控えるのも一案だと思います。
唯一の問題は、本気トライを数ヶ月とか1年とか禁止した状態で、モチベーションを保つのが、なかなか難しいことです。やはり、「〇〇ルートが登れた!」というシンプルな達成感は、定期的にあった方が良いものです。
そのためには、問題が深刻化する前からコツコツと修正作業を始めるべきなのですが、人間とは怠惰な生き物ですよね。
つくづく、故障と同じ構図です。

このあたりは、ご自身の性格・クライミング経験・ムーヴに対する洞察力、などに合わせてメニューを考えていただければと思います。
基本的には独学が難しい話なので、ほとんどの方には講習を定期的に受けることをオススメします。