2024年12月23日月曜日

マルチピッチでの微妙なランナウト判断

ヨセミテから帰国してから、岩場の講習はマルチピッチ講習中心でした。

マルチピッチで、「ランナウトを許容せざるを得ない」という大問題があります。
よくあるシチュエーションを1つ挙げますので、このときのリードクライマーの心理、葛藤を考えてみましょう。

下図参照
・リードクライマーの位置はプロテクションP。
・ここまでは、そこそこにプロテクションの取れるクラックが繋がっていた。
・ここから、クラックが途切れるため、ランナウトになる。
・幸い、少し上がると緩傾斜になり、ホッと一息つける。
・緩傾斜の上部には、細い立木Aが見える。
ボルトルートであれ、クラックであれ、「落ちてはいけないセクションは、戻れるムーヴで登るのが基本です。」というのは前提知識として必要です。

●リードクライマーの葛藤
「パパッと行っちゃえば、楽にはなる。細い立木Aで、気持ちも楽になる。」
「とは言え、もし緩傾斜で良いプロテクション(P以外のカムなど)が取れなかったら、Pまで戻ることになるか・・・。あるいは、Aで決死のロワーダウン敗退か・・・。」
「一応、マントルっぽいムーヴは易しそうなんだけど、本当に戻れるかなぁ。」
「戻るムーヴって、スタンス探しに下を覗き込むときにインカットホールドを外向きに引っ張るから、ホールド欠けやすいんだよなぁ。」
「緩傾斜は横幅も広いから、ウロウロ探せばどこかにはプロテクション取れそうには見えるんだよなぁ。」
●さらなる葛藤
例1)
「いやいや、自分って考えすぎなのかなー。みんな、もっと楽観的どうにかなるさ思考でアルパインとか沢登りをやっているんじゃないのかなー。とりあえず、突っ込んじゃおうかなー。」
「いやいや、命は一つだよ。敗退も勇気。慎重さが山では大切だよ。とは言え、簡単そうではあるんだよなー。」

上記2つは、永遠に結論が出ません(笑)

例2)
「このルート、きっとみんな登っているんだから、行けば何か出てくるよ。(ガバとか、プロテクションとか・・・)」
「(講習であれば)石田さんが何も口出ししないってことは、そんなに危なくないんでしょう!」

これは、物事を良い風に考えようと思うことで、思考停止していく典型例です。
残置無視・トポ無視の初登攀ごっこには、もちろん反するリスク管理方法で、まるで講習の意義が損なわれます。
そもそも、こういう他責的な考え方で痛い目を見る登山者・クライマーが数多いことは、皆さんご承知のはず。
例3)
「あー、自分って優柔不断で決められない人間なんだなぁ。だから登るのが遅いんだよなぁ。こんなだと、〇〇ルートも登れるようにならないし、〜〜さんにも遅すぎるって言われたよなぁ。」
「ジムとかでも、もっと素早くパパッと登るトレーニングした方が良いのかなぁ?」

気持ちは、痛いほど分かりますが、今この場面で考えるべきことでしょうか?
最初の葛藤は、
・リスク要素の洗い出し
・「もし突っ込んで〇〇だったら・・・」という戦略的思考
なので、リード中に考える意味があります。

その後の葛藤は、ほとんど人生のお悩み相談レベルで、今考えるべきことかは疑問です。

ちなみに、私も散々こういう意味のない葛藤はリード中に行ってきました(笑)。
そして、本当に意味のない時間で、リードの集中力は削がれ、さらに登りはスローダウンします。
さて、ここから本当に時間を割いて考えるべきことは、以下だと思います。

①マントルムーヴは、本当に戻れるか?
・自分がスタティックなつもりになっているだけで、実は勢いを付けてしまって逆再生不可能になっていないか?
・もしクライムダウンになった場合、ムーヴの暗記or肝になるホールド・スタンスの暗記は、どの程度必要か?
・クライムダウンのスタンス探しのために、壁から身体を離そうとして、ホールドを欠けさせてしまうリスクは高いか?
・マントルムーヴを、念のために行きつ戻りつしながら突破して、ムーヴ暗記・ムーヴの最適化をした方が、クライムダウン敗退の保険になるか?

②マントルムーヴ以後の緩傾斜は、本当に戻りやすいか?
・歩きと見せかけて、意外と下りは怖いというパターンはないか?

③最悪、Aだけにクリップしてクライムダウン敗退してPに戻るというオプションは、どの程度のリスク低減になるか?
・Aにスリングとカラビナは残置する。
・それをダブルロープで行う場合、Pまでをクリップしたロープと、Aをクリップするロープは、別々にした方がAが折れた場合の墜落距離低減になる。

④A以外に、緩傾斜をウロウロしたらプロテクションが取れる可能性は、どのぐらいありそうか?
・見えているクラックは何本ある?綺麗なものでなくても、なるべく隈なく探す。

⑤緩傾斜でAしか取れなかった場合、さらに登り進めることでプロテクションは取れるか?
・そこでプロテクションが取れなかった場合、まず「緩傾斜までクライムダウン。」、続いて「
Pまでクライムダウン。」という恐怖展開が予想されるが、それに耐えられそうか?
上記を総合的に判断して、
●Pまでクライムダウンとなった場合のリスク
●A以外にまともなプロテクションが取れない確率

を感覚的に数値化します。

で、「このぐらいのリスク(死亡を含めた大事故の確率)なら取れる。」と感じたら、突っ込むことにします。
とまぁ、ここまでが理論的な話です。

実際は、これでクライムダウン敗退の失敗確率1%以下、緩傾斜でまともなプロテクションが取れない確率1%以下と感じて、大事故の確率0.01%以下と算出したとしても、身体がマントルムーヴを渋る現象があります(笑)。

本能が嫌がっている感じです。
これは、僕は身体の重要なサインだと捉えることにしています。
(「落ちるまで頑張るべき場面で、恐怖心で身体がムーヴを渋る」のとは本質的に異なり、自分を鼓舞してはいけない。)

・脳内計算ミスを恐れて、検算するように要求
・さらなるムーヴの安定度要求(究極のスタティックムーヴ追求)
・Pの場所に、固めどりなど、サブ的な状況良化案の要求

などで、さらに身体を安心させてあげないと、この渋る現象が抑えられません(笑)。

現実的には、理論+身体の恐怖センサーの両面で、安全マージンを取って行動せざるを得ないのです。
ここまでやって、ようやく突破する気持ちと身体が出来上がりました。
どうしても出来上がらないときは、敗退で良いと思います。

初登攀ごっこですので、リード敗退はクラックと同様にクライムダウン&エイドダウンによる敗退です。
で、突破してからビレイ点でパートナーを待つ間にでも、前述の人生の葛藤を考えれば良いと思います。
何なら、下山中や車の運転中でも良いことです。
ただ、そういう葛藤を相当数味わってきた私なりに、ある程度の結論はあります。

結局は
・スタティック、戻れるムーヴなどの基礎練習の徹底
・プロテクション技術の向上
を今よりもっと高めたい、という思いが年々強くなっていきます。

だって、現場でリスク計算に頭をフル回転させているときに、
「もしも、上記2項目が今より少しでも高いレベルであれば、そもそも今の場面でそんなに困らないのでは?」
という仮定を考えずにはいられないからです。
この問題に対する普段の取り組みとしては

・ジムで易しいルートなどでを丁寧に登る時間
・クラックなどでプロテクション技術を洗練させていく時間

などの練習時間が肝となっていくのだろうと思います。

特に、1つ目はやっているつもりに陥りやすいので、是非ともムーヴ講習を月1〜2回継続されることをオススメしています。