イギリスのトラッドは、非常に難しくて危険なルートを登るイメージが強いと思います。
日本のグレードに換算すると、5.14,R/Xとか。
もはや、異次元過ぎますね。
もちろん、経験者の話を聞くと、裾野は結構広くて
・超低グレードの危険なルート
・超低グレードの危険なルート
・普通のクラックルートのように信頼できるプロテクションの取れるルート
なども結構あるようです。
ただ、歴史的背景なのか、「日本だったら通常はスポートルートの岩場にするよね?」と思うようなプロテクションの取りづらい岩場でも、普通にトラッドの岩場となっているケースが多いそうです。
そこまでしてトラッドに拘る強烈な文化なのか、開拓者優位の原則から今更変更はできないのか、現地でも色々な人がいるのかもしれませんが。
当然、カム・ナッツだけでなく、ハーケンはもちろん、様々なギア(エイドの前進用のものも含む)を使用するようです。
そこまで頑張った上で、「落ちたら死ぬかもねー。」、「静荷重も、どうだろうねー。」ということになるので、R/Xという話です。
<湯河原の梅>
その際、高難度開拓で問題になるのがスタイルの限界です。
大きく分けて、ギアのプリセット(ピンクポイントなど。今回は触れない。)、トップロープリハーサル、の2点です。
1級以上のムーヴ、取り先を知らないデッドポイント、スラブっぽい微妙なバランス、などをリハーサル無しでフリーソロに近い状態でこなすことは、いかにトップクライマーでもリスクが高すぎるようです。
そうなると、高難度ルートの初登はトップロープリハーサルが当然になり、グランドアップによる再登は、「未来のトップクライマーに期待!」という感じになります。
(実際、再登者によってオンサイトされたり、おっかなビックリのテンションを交えつつ数撃で登るなどの情報もあるようなので、期待はある程度まで達成されるようです。)
これが、いわゆる「UKトラッドが抱えるジレンマ」という話です。
「よりナチュラルに岩を登る。(ボルトを打たない)」ということを重視しまくった結果、「下から攻める。(グラウンドアップ)」を相当なレベルで犠牲にしている、という感じです。
「よりナチュラルに岩を登る。(ボルトを打たない)」ということを重視しまくった結果、「下から攻める。(グラウンドアップ)」を相当なレベルで犠牲にしている、という感じです。
このように、トップロープリハーサルして、フリーソロに近い状態を許容するリード方法を、“ブリティッシュスタイル”と呼ぶ人もいます。
(この呼び方に異論もありそうなので、鍵カッコ付きにしておきます。)
じゃぁ、何が正解なんでしょうか?
A)現状通り、開拓すべし
B)グラウンドアップできるものだけ開拓すべし
C)十分な力量を持つクライマーが再登に訪れた場合のみグラウンドアップでトライできるように、最小限のボルトを打つべし(NP &ボルトのイメージ。イギリスの文化的に受け入れられるのかは私は知りませんが、日本では割とよくある構成。)
などと、人によって思想が分かれそうです。
一応、私の感覚としては、Cが良いクライマーを育成するように考えています。
過去に120mぐらいのマルチ(最高ピッチグレード5.11a)を開拓した際に、「核心部にカムの効きが超微妙」という場面で、僕はボルトを打ちました。
120mのマルチで、たった1本というのは何ともルートを汚すような感覚ですが、それを打たないとトップロープリハーサル無しでのトライが難しいルートになってしまったからです。
もちろん、私なんかより遥かに強い友達が、5.11a,R/Xぐらいはオンサイトするのも目に浮かびましたし、私と同じか弱いぐらいの友達でもトップロープリハーサルを重ねてでもオールNPで登りたい人もいるかと思います。
(マルチなんで、マニア向けになること請け合いですが・・・)
実際、私自身は核心部の掃除のためにグラウンドアップを放棄しましたから、「そのままトップロープリハーサルしまくってボルトを打たない。」という選択肢も存在しましたからね。
(開拓に手間が掛かるルートは、通常はグラウンドアップ開拓できないというジレンマ。)
沢登り・冬壁などの山登りの本番では、核心部が落ちてはいけないというのも納得できます。
「大自然なんだから、それが登れる人だけが登れば良い。」という感覚です。
一方で、小川山・瑞牆のようなゲレンデマルチでは、以下のような構成が教育的かなと思っています。
相対的に易しいパートを落ちてはいけないセクションとして設定して「ムーヴの安定感の足切り試験」とする。その代わり、核心部はちゃんとプロテクションが取れる状態(カムが効かないならボルトも許容)にして、落ちる覚悟で頑張らせる。
<読図講習@奥多摩>
ここまでは、「私自身を最低レベルとして、中上級者層を見上げた世界観」という話でした。
ここから、講習生レベルも含めた初級者が「すでにある課題」にどう取り組むべきか?を考えます。
例題1) ボルトルート
ボルダー4級が核心部のボルトルートで、6級セクションがボルトが無いとします。
あなたはどうしますか?
①「ボルトが無いのが悪い。」と考えて、超長ヌンチャクなどで仮想的に1本ボルトを増やした状態にする。1本目までの区間であれば、プリクリを許容する。(岩場のジム化、という方向性)
②“ブリティッシュスタイル”を採用し、トップロープリハーサル(チョンボ棒も含む)でホールドを確認し、その後に真っ当に(?)リードする。
③グラウンドアップを採用し、行きつ戻りつで「ほぼ絶対落なさそう。かつ、いざとなったらクライムダウン敗退できそうなムーヴ。」を探し尽くす。見つからなければ一旦敗退し、トレーニングを積んでから再訪する。
<裏から回ってヌンチャクを回収する練習>
例題2) 岩場ボルダー
ボルダーで、核心部(4級)を越えた後の易しい(6級)が落ちてはいけないセクションで、怖がって登れなかった岩場初心者の友人がいます。
あなたはどうしますか?
①「こんな危ない課題やらなくて良いよ。」と言う。
②「気持ち、気持ち!突っ込んじゃえば、核心なんかより易しいから大丈夫だよ。」と言う。
③「あなたのリスク感覚は正しいよ。」と肯定する。
その上で、
「もうちょっと安定して登れる方法を考えるんで良いと思うよ。この後に何回かトライして、どうしても思い付かなければ、またジムで色々とトレーニングしてから再訪すれば良いよ。安定して登るのも、大切な技術だから。」
とグラウンドアップのリスク管理へと誘導する。
例題3) ジムのリード
下部5mのセクションにおいて、クリップのタイミングが明らかに遅く、自ら「落ちてはいけない状態」を作っている友人がいます。
ただ、本人はそのセクションのムーヴは(トップロープやチョンボクリップによるリハーサルの結果)完成されており、全く落ちる気がしていません。
さらに、そのムーヴ中にクリップ動作を入れる方が手繰り落ちのリスクがあると考えています。
※この手法を採用している人は、なまじ登れる人が多く、5.12台のルートをやっていたりします。
あなたなら、どうしますか?
①「ジムの人に怒られるよ。」と言う。
②「ジムみたいにボルトが十分にあるはずの場所で、“ブリティッシュスタイル”じゃなきゃ完登できないルートは、あなたにとって時期尚早で、トライするべきじゃないと思う。」と言う。
③「本人なりに考えがあることだろうから。」と考え、何も言わない。
④モヤモヤしているが、何も言わない。
<無事に終了点に辿りつき、懸垂下降してヌンチャク回収>
例題3)は、人間関係とか指摘の上手さ、タイミングといった問題も絡むので、かなりの難問です。
まぁ、回答例はあえて書かないので、色々考えてみてください。
●クラック、マルチ、沢登り、アイスなどとトライの手法が同じ(上に活路を求めない)なので、より一般的な「落ちたらいけないセクション」対策になる。
●ボルダーの落ちたらいけないセクションの対策にもなる。(ボルダーは、チョンボ棒やトップロープに相当することができない。)
●そのルートの足切り試験(このルートをトライするなら、このぐらいのセクションは安定して登れるでしょ?という開拓者感覚)を突破できているため、次のボルトルートをトライするときの下積みになる。
一方で、トップレベルのアルパインクライマーも“ブリティッシュスタイル”で、高難度のR/X課題を開拓する人もいます。
ハイボルダーでも、FIXロープで掃除がてらホールド探り・ムーヴ探りしてしまう実態もあるようです。
つまり、私には見えないようなレベル感の方々にとっては、これが何かしらのアルパインのトレーニングになっているという可能性もあります。
もしかしたら、スリルが織りなす極限の集中力を楽しんでいるだけかもしれませんが。
最後に。
“ブリティッシュスタイル”とグラウンドアップは、リスク管理の方法が根本的に異なります。
“ブリティッシュスタイル”は間違えない再現性が大切で、グラウンドアップは行きつ戻りつが大切です。
この思考方法が根本的に異なる2つを、初級者が意識的に使い分けるのは、私は無理だと感じています。
どちらかを本能レベルにまで習慣化することが、最も大切な練習かと思います。
少なくとも、フリークライミングの技術が初級レベルだと自覚しつつマルチ・沢登り・アイスなどを楽しみたいというのなら、どちらを採用すべきかは自明だと思います。
例えば、越沢バットレスとか三ツ峠で、一度トップロープやフォローでホールドや残置ハーケンの位置を記憶してからリードする、という初級パーティを見かけると、とても心が痛みます。
中途半端に“ブリティッシュスタイル”の甘い汁だけを吸うと、悪癖が強化されるだろうなと思うのです。
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この話も、もはや何回ぐらい書いたんだか分かりません。
今回は、批判にビビりつつも“ブリティッシュスタイル”という概念を文章に盛り込んだので、これで多少は構造が分かりやすくなれば、幸いです。