2024年2月6日火曜日

初心者的謙虚さ、上級者的謙虚さ

遥か以前に、謙虚さについての気付きをサラッと書いたことがあります。
これを、少し分析的に書いてみます。

謙虚と言っても、その内面にある心情は様々です。

①本当に何も分からなくて、聞く・学ぶ姿勢がある

例えば、エイトノットを教わる初心者、岩場に初めて行く人、沢登りや雪山を初体験する人、地形図を初めて学ぶ人。
ここで、最初から登山・クライミングを侮りまくっている人は、講習で出会うことはまずありません。仮に独学で始めるにせよ、書籍で登山技術を学ぼうとするなど、それなりの畏怖があるはずです。
これを、「初心者的謙虚さ」と考えることにします。

②自分より強い人、知識や経験に優れた人がいることを知っている。
これを、「相対的謙虚さ」と考えることにします。

③自分の能力が不十分であることを分析的に捉えることができていて、研究しようというモチベーションが高い。また、他人から見て自分の弱い点を指摘してもらうことを期待している。

例えば、クライミングにせよ登山にせよ、自分がより安全に登るために、次のレベルを登れるようになるために、色々と考え抜きます。
単に「ヒールフックが掛からない。」と喋っているだけでは不十分で、なぜ掛からないのかを分析して、1ヶ月後や1年後を見据えて練習メニューを考えます。
登山のヒヤリハット反省をするにしても、トレーニングをするにしても、ビレイやカムセットなどの安全に関する技術にしても、全て同じです。
これを、「上級者的謙虚さ」と考えることにします。
<岩場リード講習での、落ちる練習>

上級者的謙虚さの代表格は、各分野の超一流の人の発言です。
将棋の羽生善治さんが、「将棋の1%も分かっていない」(AIとの比較という文脈、人間は頑張っても一生で10万局指せるかどうか、という経験量の問題から。)などと発言したりしています。
オリンピックアスリートであれ、何かしらの達人であれ、皆さん同様のことを仰っている印象です。
だからと言って、自分がやるべきことは変わらず、淡々と技の研究を続け、少しずつ弱点を克服していく求道者のようです。

ひるがえって私は、人から弱点を指摘されることは期待しつつも、結構心を痛めやすい部分もあり、上級者的謙虚さには不十分だと感じています。
これでも、10年前よりは、だいぶマシになりましたが・・・。
<アドバンスクラック講習で、ちょっとしたロープレスキューをやりました>

さて、ここからは私が登山・クライミングを通じて感じた印象を、雑多に述べます。

●初心者的謙虚さは、この業界は危険と隣り合わせなだけに、一般的には受け入れやすい。
「調子に乗って、甘く見ている素人さん」の方が少数派。

●相対的謙虚さは、評価軸がクライミングの最高グレード、バリエーションルートの総合グレード、山仲間やジム友達の中での優劣順位、だったりすると生産性はほとんど無いかと思います。
何なら、「自分は大して登れない。」とグレードなどで自虐しつつも、不遜に振舞うことも可能だと感じます。
私も他人との会話の中では使うこともありますが、自分自身にとってプラスはあまり無い考え方だと思うようになりました。

●上級者的謙虚さは、趣味の目的の1つが精神修養とすると、我々の目指すべき方向性と考えられます。
ただ、これを淡々と行うまでには、人それぞれ紆余曲折があり、落ち込んだり嫌になったりもするかと思います。
ヒールフックの話にせよ、ヒヤリハットの反省にせよ、改善には相当な解析力が求められることも多いです。

●「100%の安全は無い。上級者でも事故を起こす。」という事実が、我々を真面目さに引き戻してくれる大きなパワーになっています。
例えば、事故は核心部ではなく易しいセクションで起こる、ガイドや有名クライマーでも入門エリアで何人も死んでいる、といった話は、知れば知るほど身が引き締まります。
油断大敵を実践するため、改善行動をやめてはならないという縛りです。
危ないからこそ精神修養として価値ある遊び、というアウトドアスポーツの基本に立ち返ります。

●初心者的謙虚さ・相対的謙虚さ・上級者的謙虚さは、入り混じった状態で持っていて、その割合が達人っぽい雰囲気・素人っぽい雰囲気・山をナメている雰囲気、を醸しているように感じます。

<天神尾根。山頂で視界10mぐらいにホワイトアウトしたので、技術面以外にも講習生の心構えが少し変わったように見えて、やりがいを感じました。>

さてさて、俯瞰的に見て、当塾の講習目的とは何なのでしょうか?

・初心者的謙虚さの状態にある人に、初歩を伝授する
説明にも慣れているから、一般の人がやるよりは上手く説明できることが多いでしょうけど、これを一生の仕事にするのは寂しすぎる気がします。

・上級者的謙虚さを持ちつつあるが、技術解析やヒヤリハット反省が難しい人に、練習方法や考え方をアシストする
強いやりがいを感じます。

・初心者的謙虚さから上級者的謙虚さへの誘導する
講師は、技術習得・精神修養の過程で「こじらせやすい」ポイントを、沢山知っているものです。とは言え、どう頑張ってもダメだったり、1回や2回は捻くれたりするものだ、という諦めも肝要。
教育的には最も重要なプロセスですが、ややもすると人生相談受付みたいになってしまうので、なるべく具体的な技術講習内容の中で、ちょっとずつ感じてもらうのが良さそうです。