2024年3月8日金曜日

墜落距離の計算はしつつも、判断ミスは終わらない

3月のアイスクライミング講習にて、TGさんに摩利支天大滝をリードしてもらいました。
結論からすると、課題山積が明らかになり、非常にモチベーションが向上した様子でした。
                    →TGさんは、そこが素晴らしいです。
まず、トライそのものの終わり方としては、スクリューで1テンションしてトップアウト。
(講習では、アックステンション用のフィフィなどは禁止している。)

アイスクライミングでは、たとえランナウトしていない状況でも、フォールで怪我をするリスクがあります。アイゼン・アックスを装着していることと、多くの氷が90度未満であることが理由です。そのため、ギブアップのテンションコールは、スポートルートのように非難されるべきものとは限りません。
(安心してフォールできるのは、トップロープ状態や垂直以上の限られたケースのみ)

そのため、ノーテンションで登れなかったのは残念ですが、「安全にトライを終える。」という観点では、この結果には問題はありません。
私としても想定範囲内です。
しかし、問題は上記の「完登できたか否か?」ではなく、「安全にトライを終えたか?」です。

上の写真の1本目と2本目が、かなり離れているのが分かるでしょうか?

1本目が4mほどの高さ、2本目が7mほどの高さだと思います。
スポートルートやジムとは異なり、アイスクライミングは頭より高い位置のカラビナに手を伸ばしてクリップするようなことは、極めて稀です。
通常は、腰〜胸ぐらいの高さにスクリューセットして、そこにヌンチャクを垂らすため、クリップした段階で、「もうトップロープ状態の上限付近に居るなぁ。1歩でも上がればリード状態・・・。」という状況です。

そう考えると、2本目をセットした状況は、クリップ前にフォールしたらグランドフォールしたであろうランナウトという話です。

ビレイしていた私もハラハラしていて、
「さすがにプロテクション取らないと、ヤバ過ぎますよ。」と声がけして2本目をセットしてもらった次第です。

※当日の状況は、取り付き付近からして70度程度の傾斜があり、取り付きはスネ程度のフカフカ雪の雪田となっていたため、6mぐらいの高さからフォールしても、死ななそうではあった。しかし、骨折などの確率は高そう。
さて、次に本人の心境を後から伺いました。

①トライ開始時点
オブザベでは、割と易しそうに見えたが、登り始めると思った以上に難しかった。
基礎練習よりもムーヴがバラバラなのは自分でも感じていて、「ヤバイなぁ。」とは薄々思っていた。

②1本目〜2本目まで
ランナウト具合は、ものすごく意識していた。

「今、膝だ。怖いけど、まぁ落ちても多分・・・。」
「足首だ。いよいよ怖い。」
「(クリップ済みカラビナが)足下だ。まだ1本しかクリップしてないから、グランドの可能性も・・・。」
「スクリューが足下だ。ホントにホントにヤバい・・・。」→このぐらいのタイミングで、石田からの声掛け。

というぐらいに理解していた。

しかし、ついつい上へと登ってしまった。
講習では、「落ちてはいけないセクションは、戻れるムーヴで進むのが原則。戻れないムーヴで行き詰まったら、人生の詰みです。」と伝えています。
なので、易しいセクションをランナウトするなら、話は分かります。

これは、岩場リード講習、クラックリード講習、マルチピッチリード講習と卒業してきたTGさんにとっては、理論としても体験としても実感している内容でしょう。

冷静に考えれば、

A)辛くても、早めに2本目をセットする。
B)それすらヤバそうなら、1本目までクライムダウンしてギブアップのテンションコールする。
C)1本目のセットは、比較的足場が良かったので、頑張って頭ぐらいにスクリューセットして、以降のランナウトをマシにする。

などのオプションはありました。
それでも尚、上に活路を求めてしまった訳です。

その場だけでなく、下山路や帰りの道中で話を聞くにつれ、いくつかのヒントがありました。

1)ジムリードでは、Aに相当するクリップは行っている。

考えられる理由
・スクリューセットやカムセットに比べて、辛いスタティック態勢が10秒以内に終わることなどが原因?
・ジムの本気トライでは、直後のフォール確率が10%を超えるため、我慢してクリップすることのインセンティブが大きい。対して、アイスでは直後のフォール確率は常に1%未満だが、フォールした場合のリスクは大きいため、直感的にはインセンティブが把握しにくい
2)易しいクライミングで、プロテクションを取らないことを注意されがち。(上図を参照)

具体的には、易しいクライミング(5.7のクラック、マルチピッチの途中、Ⅳ級程度までのアイス、など)3mぐらいの垂直パートを登るときに、頻出します。
3mの垂壁を目の前にして、顔ぐらいの位置(Aの位置)にプロテクションをセットします。
そして、テラスまでのマントルが少々悪くても、そのまま押し切って、「テラスに上がる前に1本取っておかないと(Bの位置)、ミスったら下のテラスにグランドでしたよ。」と、講習中なら石田に、仲間内で登っているときならパートナーから注意されがち、という話です。

もちろん、テラスへのマントルが非常に易しければ、TGさんの戦略もアリだと思いますが、下から見ていて「プルプル」っとムーヴが乱れていたりすると、「一応、取れるなら取っておいて欲しかったなぁ。」という気持ちになります。

ただ、テラスに手が届いたぐらいのタイミングで、カム・スクリューをセットするという行動は、初級者心理にはなかなか難しいものです。
垂壁が始まる前は、ノーハンドに近い状態で立てるから、余裕でセットできます。
しかし、マントル直前は、まぁまぁ辛いのです。
しかも、マントルの先は、再びノーハンドに近い大レストという誘惑も大きいです。

また、こういう恐怖を押し殺してマントルをこなしたときに、妙に「やり遂げた感」があるのも事実です。「アルパインって、こういうもんでしょ!」という感覚(錯覚?)に陥るのも心情としては理解しますが、果たして必要な行動だったのでしょうか?
2の状況は、上に活路を求めると99%以上うまく行ってしまうことが、リスク習慣の見直しに繋がらないという話です。

一方、今回の摩利支天大滝は、上に活路を求めても、状況は悪化するケースです。
言い換えれば、「怖いから、ついつい上に上がってしまった。」というのはベテラン側からは意味不明な行動なのです。

1つの有力な仮説として、以下のものがあります。
2の状況を多く経験してきたからこそ、上に活路を求める負の成功体験を数々積んできてしまった。

「トップロープ癖がある人が、リードも並行練習すると、上に活路を求めがち。」という話と構造が酷似しています。
ただ、TGさんはトップロープ癖は無いのに、易しいリードを色々経験したことによる負の成功体験がある、という話です。
だからと言って、5.7のピッチ、Ⅳ級程度のアイスのリードで経験を積むことを全否定することもできません。それに、グレードが少々上がったところで、同じ構図は起こりえます。

先日の岩場リード講習で、「1トライ目にハングドッグしてムーヴ解決したら、2トライ目はムーヴに集中できてしまってランナウト具合を全然意識していなかった!」と思い悩んでいる講習生がおりました。(5.10aのスポートルート)
これも、理論的・体験的に墜落距離とフォール姿勢の予測ができること、実践の中でそれを活かして登ること、というバランスの難しさを現した一例です。

これらを修正するには、どうしたら良いでしょうか?
もちろん、僕なりにも様々なトレーニング方法の提案はありますが、本人なりの問題把握が肝になります。

「リード中の直感的判断が、客観的にはダメ」と書くと単純化しすぎですね。
もう少し、洞察力が試される問題かなと思います。
しつこく頑張りましょう!